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ジョン・フォン・ノイマン:希有の頭脳の最後の講演原稿

今回はジョンフォンノイマンの最後の講演原稿をまとめた本『計算機と脳』について述べたいと思います。20世紀に希有の才能を世界に知らしめた数学者ジョンフォンノイマン(John Von Neumann 1903-1957)。天才中の天才と言われた彼は多技にわたる貢献をおこないました。その功績は数学という枠にとらわれない広範囲なものでした。数学ではゲームの理論を推進し、物理では量子力学のための数学の基礎を発表したり、気象学、経済学等にも貢献し、やはりコンピュータではノイマン式と呼ばれるプログラム内蔵型の計算機について論文をまとめています。今出回っている全てのコンピュータはノイマン式のコンピュータとよばれる構造になっていて、処理速度、記憶容量などは格段の進歩を遂げていますが、その基幹となる動作原理は彼がまとめた原理の域を出ていません。

電子計算機と頭脳この著書は彼の没翌年1958年に出版されました。それから6年目(1964)には国内で邦訳がラティスから出版されました。発売元は丸善です。田舎の中学生だった私は当時『今後の脳の代わりをするであろうと巷間いわれていた電子計算機』というイメージに興味を覚え、理解できるかどうか後先を考えずに750円で本屋に取り寄せてもらって購入したのでした。案の定最初でつまずきそのままお蔵入り。ずーっと気にはなっていたのですが最近意を決してこの本を通読しました。理解はというとまだ自信はないのですが、少しはノイマンがいいたかった事に数%ぐらい近づけたのかなと。しかし、、100ページ足らずの本を約47年もかけて読むとは思いませんでした。原典を尊重するといういつもの癖で英文オリジナル本も購入しました。
The Computer and the Brain: Second Edition (Mrs. Hepsa Ely Silliman Memorial Lectures)The Computer and the Brain: Second Edition (Mrs. Hepsa Ely Silliman Memorial Lectures)
(2000/07/11)
John von Neumann

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上記の1964年発刊の邦訳は絶版になっていて手に入れることができません。2011年、新たにちくま学芸文庫で新訳が出版されました。新しい邦訳の題名は『計算機と脳』、1964年の邦訳は『電子計算機と頭脳』。47年の月日を経て『電子』の字が消える程コンピュータは身近なものになったとも言えますね。『頭脳』も『脳』になりました。脳の科学も進んできた証拠なのかも知れません。英文オリジナルも第2版(上記参照)が引き続き販売されています。しかしこれだけの時間が経ってもこの本の魅力は決して陳腐化している訳ではなさそうです。コンピュータも規模の拡大については目を見張るものがありますがその原理とも言うべきノイマン型コンピュータという機能は変わっていませんし、脳に関してもノイマンの鳥瞰的な考え方はこの時間の経過を感じさせない位今でも新鮮です。ノイマンは天賦の才をまさに授かったとでもいうしかない人なのかもしれません。
計算機と脳 (ちくま学芸文庫)計算機と脳 (ちくま学芸文庫)
(2011/11/09)
J.フォン ノイマン

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さて天才と呼ばれている人たちはかならずしも平常な人とは限りません。前人未到の道に踏み出すにはどこかバランスが崩れていると考える方が歴史的に見てもかえって正しいようです。いろいろな事を経験した凡人の私にとってフォンノイマンという天賦の才を語るときに複雑な感情の起伏が現れます。彼の心の深層に迫る事はできませんが、事実として、彼は第二次世界大戦におけるマンハッタン計画のキーパーソンであり、長崎に投下された原子爆弾の実現を可能にした理論を構築し、その最大の破壊性を得るために地上ではなくて地上数キロで爆破する事を提唱、かつ日本人に最大の精神的ダメージを与える最も効果的な原爆投下候補として京都を挙げたことなどがあるという事があげられます。あまりにも合理的な解法を示せる才能が最も悲惨な結果を生み出したという全くの皮肉を感じざるを得ません。当然原爆投下を決定した人たちは別にいて彼に全ての責任があるわけではないのですが、あまりにも純粋になにかの問題の最適解を導くのと同じようにその結果発生する地獄に関心がないかのようにこのような問題の最適解をだしてしまう、無邪気でしかしそれが悪魔のような振る舞いを同居させている人格、さてなんと表現していいのか困ってしまう人なのです。関心のない事柄には何ら注意を払わなかったという逸話も残っています。原爆の犠牲者の事にはなんら思いが行き渡らなかったのか。同じくロスアラモスで働いていたリチャード・ファインマンが原爆投下のニューズを知ったときの感情の起伏と比べると遥かに冷徹な態度を通しています。後日親友でサイバネティクスを提唱したノバートウイナーと親交がありましたが、科学が引き起こす負の面についてフォンノイマンと意見が合わず分かれたという話もあります。

strangelove020.jpgスタンレーキューブリック監督の映画『博士の異常な愛情』1963年制作、正式名:Dr. Strangelove (奇妙な事が好き?)How I Learned to Stop Worrying and Love the Bomb) の中に出てくる車いすの学者はフォンノイマンではないかという話もあります。この映画はキューバ危機の後に作られた風刺映画で一人の学者によって世界が水 爆の恐怖にさらされるという話になっています。フォンノイマンは1957年、54歳でこの世を去りました。彼の命を奪ったのは骨肉腫や膵臓癌と言われてお りそれはロスアラモス国立研究所で放射線を浴びたためと伝わっています。原子爆弾を科学的に可能にした人が自らその放射能に蝕まれていたというのも何かの 輪廻なのかあるいは皮肉なのでしょうか。


下記にフォン・ノイマンの写真を示します。
オッヘ#12442;ンハイマーとノイマン
右がノイマンで左がオッペンハイマーです。オッペンハイマーはよく知られているようにロスアラモス研究所所長でマンハッタン計画(原爆開発プロジェクト)を主導した人ですね。彼らが背にしているのはEDVAC(Electronic Discrete Variable Automatic Computer)と名づけられた計算機です。6,000本の真空管と12,000個のダイオードを計算素子に使ったプログラム内蔵型の最初の計算機、1951年稼働開始。消費電力は56KWで重さ7,850Kgでした。処理速度はクロックが100KHzから4MHzぐらいで今のパソコンが3GHz位なので比べ物にならない位遅かったのです。しかし60年の間に1,000倍位早くなっているのですね。しかし基本的には両者は同じ原理で動いています。

ENIAC.jpg左の写真はEDVACに先立って開発されたENIACの一部分。こちらはこちらはプログラムをプラグ式と呼ばれ論理回路の配線を物理的に差し替えることでいろいろな計算をおこないました。言ってみればある特定の計算をするように設定された専用機だったのです。何千本もの真空管を使うので、もしラジオのような通常の動作範囲で使うと何本かの真空管が常に故障しているということになるので、真空管の設計や動作電圧の選定など最新の注意を払って組み立てられました。この計算機はおもにジョン・エッカートとジョン・モークリーという二人の研究者によって制作されました。

さて話を著作にもどしましょう。『計算機と脳』はもともとエール大学で1956年に講演する予定であったものです。しかし病気が重かったので実現できませんでした。この頃、放射線の影響による骨肉腫が体を蝕んでしまっていたのでした。その草稿は一部を残して完成されていたのですが、講演が実現する事はありませんでした。エール大学はそれでもこの内容著書にまとめ出版したのです。これが今日我々が手にする『The Computer and the Brain』です。前述の通り100ページに満たない短い書物ですがノイマンが残した膨大な遺産が凝縮された論文になっています。第一章が計算機、第二章が脳について説明されています。第一章の計算機については現在のコンピュータの基本となる機能が述べられています。ノイマンは後半の脳との比較をするための布石として計算機の動き(基本的な論理回路と2進法など)とコード(計算処理の詳細)について核心な点を述べています。

本書でのノイマンのデジタル計算機に関する考え方を本当に大雑把に捉えると、計算機にある目的を持った仕事をやらせるにはどのような手順(プログラム)をたどって結果を出させるかに尽きると解釈できます。そのプログラムを計算機に格納する方法ですが、まず電子回路を繋いでいく方法(プラグ制御式)、テープやカードによって読み込ませる方法(テープ制御式)それとノイマンの面目躍如とも言える記憶装置の中にプログラムを覚えさせる(記憶装置制御方式)が説明されています。最初のプラグ方式だと計算機にさせる仕事を変えるとブラグを新たに組み直さなければならなくなりますし、かなり限定された仕事しかできない場合も出てくるかもしれません。それと対照的に一度プログラムを記憶装置に格納できる方法は計算機の構造を変化させる事なくかなり汎用の仕事に対応可能となりますし、速度も上がることになります。実は今我々の周りにあるPC、スマートフォーン、スーパーコンピュータなどコンピュータと名のつく機械は全てこの記憶制御方式の原理に従って動いているのですね。この方式を現在ノイマン式計算機とよばれています。

下記のURLにノイマンが書いたプログラム記憶制御方式のコンピュータに関する論文(英文)です。この論文を参考にしてノイマン式コンピュータと呼ぶようになったのですね。URL ↓
First Draft of a report on the EDVAC

第一章にはデジタル計算機に加えてアナログ計算機についても考察を重ねています。ごくごく簡単にアナログ計算機とは何かとこたえれば一例として下図のような回路を示すことができます。電圧と抵抗と電流とを形づける回路を作ったときにE=IRとなりますが、IとRの積がEであらわされるというものです。Rの値を変化させEの値を図のように一定にするとI=E/Rという割り算の結果を得ることができます。見た通りこれはとくに2進法で計算をしている訳ではありません。出力される物理量を計測して結果を得ているのです。実際に使用されたアナログ計算機はもっと複雑で回路を組み替えで何通りかの計算が出来る装置になっています。

Analog_20120529120834.jpg  アナロク#12441;計算機


さて第二章ですが、ノイマンは俯瞰的な見方をとると脳の動きはデジタル計算機のようなものと把握していますが、一部(化学変化など)においてはアナログ計算機の概念も必要ではないかと考えています。脳について最初はニューロン(神経細胞)のデジタル的な振る舞いについて述べています。刺激のパルスがニューロンを経由して別のニューロンに伝わっていく。そのニューロンがAND, OR NOの演算機能を有することができるという考察の結果からデジタル的だと推論しています。しかし一方もう少し詳しくニューロンの振る舞いを見ていくと上記のデジタル的な逐次処理の機能に加えてまた別の統計的な(今日これはパラレル処理とも読んでいるものですが)をおこなっている様子も見られると述べています。したがてニューロンの考察で皮相的には信号の伝わり方はデジタルに伝達されるが、それだけではない別の機能も働いているのではないかと推察しています。

下の図はニューロンの構造を示したものです。このニューロンが連鎖的につながって刺激を受けたパルスが伝達されていきます。つながり方や伝達の方法、刺激の強さなどが計算機で言う所の演算素子に相当することになります。
ニューロン図

下記の二つの図はハーバード大学とマサチューセッツ工科大学(MIT)の研究チームが、遺伝子操作したマウスの神経細胞(ニューロン)を用いて、信号の伝達の様子を可視化することに成功した写真です。雑誌Natureに2007年に掲載されたものです。特殊な傾向タンパク質を使って刺激を受けたニューロン回路をパルスがどのように伝わっていくかを可視化できるようにしたものです。写真左はマウスの脳幹のニューロンが他のニューロン(シアンや黄色)の刺激を受けて赤く光っている状態。脳幹とは呼吸や生命維持を制御している部位です。写真右は大脳皮質のニューロンで思考プロセスや知覚の把握などをおこなっています。
マウスニューロン 脳幹ニューロン

第二章でさらにノイマンは脳の機能を次の順序で論じていきます。
1) 基本的な回路はどのような信号伝達をおこなっているのか?
2) 脳は多分記憶制御法形式と考えるが、計算機のようにプログラムがどこに格納されるのか?
3) それがどのような仕組みで機能するのか?計算機のような計算をしているのか?はたまた別の方法か?
さらに脳と計算機の論理素子の物理的な大きさ、早さ、考えられる記憶容量、信頼性、誤差などを詳細に論じています。

脳の中の処理に関してノイマンは完全コードとショートコードという概念を説明しています。完全コード(Complete Code)というのは計算機を動かす上で必ず必要なもので所謂今日で言うプログラム命令でありこの命令(2進法で書かれている)を逐次実行して処理をおこなっていくというものです。これを完全に規定しないと計算機は動きません。またコードが格納されている場所(番地)等は確定的に分かっていることになります。プログラムのコード作成は、しかし経験、効率などの違いから差異が生じます。

一方ショートコード(Short Code)という概念はイギリスの数学者アラン・チューリングが1937年に提唱したもので、ある一つの計算機が別の計算機と同じように振舞うためのコード命令を開発する事が可能であるというものです。アラン・チューリングはイにテーションゲームという仮想実験を提唱しています。計算機と人間がそれぞれ質問にこたえて隔離されたもう一人の回答者がその回答から計算機か人間の判別が出来るかどうかというゲームです。回答が全く同じであればその計算機は知能を持つということになります。またチューリング機械という概念も提唱していて無限に続くテープに書かれた命令を実行していく機械でノイマン型計算機と同じような概念を含んでいます。

Alan TuringImitation Game写真左:アラン・チューリング、1912年6月生まれ、今年生誕100年になります。第 二次大戦中ドイツ軍の難攻不落の暗号エニグマを解読する研究を行いボンベという書記の計算機とも呼ばれる解読機を制作しましたが、時のイギリス宰相チャー チルの名によりこの事実は極秘にされ彼の業績は公表されることがありませんでした。また同性愛者であった事がわざわいし最後は自殺に追いやられました。ここに述べるチューリング機械はその後のコンピュータ科学に大きな影響を及ぼしています。写真右:いまチューリングを描いた『イミテーションテスト』とよば れる映画が企画されているそうですが、レオナルド・ディカプリオがアランチューリング役を演じるという話があります。

ノイマンの説明でチューリングの提唱している事は一つの計算機がもう一つの計算機をまねて動作をするためにはそれぞれのコードは同じである必要がないというもので、この概念を脳の処理機能として考えていこうという事なのでしょう。Short Codeについてノイマンはかなり詳しく述べています。また面白い記述があります。最後の章:『数学とは違う脳の言語』のなかでノイマン曰く:『人類の言語というものは歴史的な生成物というのが適切で、いろいろな表現で伝統的に伝わって来たのである。どれが絶対で必要であるとは言えない、つまりギリシャ語でもサンスクリット語でも歴史的必然で発展したのであり論理的な要求から生まれたものではない。論理と数学においてもその表現に関しては言語と似ているといっても妥当である。中枢神経系の性質についてもまさにこのような事が言えるのではないか。』と述べています。これを引用してノイマンは最後の章を以下のように締めくくっています。少し長いのですが引用しましょう。彼の英語の使い方を見るのも面白いかもしれません。

It also ought to be noted that the language here involved may well correspond to a short code in the sense described earlier, rather than to a complete code: when we talk mathematics, we may be discussing a secondary language, built on the primary language truly used by the central nervous system.
Thus, the outward forms of our mathematics are not absolutely relevant from the point of view of evaluating what the mathematical or logical language truly used by the central nervous system is.
However, above remarks about the reliability and logical and arithmetical depth prove that whatever the system is, it cannot fail to differ considerably from what we consciously and explicitly consider as mathematics.

拙約:『ここに関係している言語は前に述べたが、完全コードというよりはショートコードに一致していると言わざるを得ない。我々が数学として話しているときは、中枢神経系で使用される一次的な言語の上に構築された二次言語で話しているのかもしれない。
したがって、我々の数学から導かれる形は、中枢神経系に使われている数学的且つ論理的な言語を評価する点においては絶対的なものとは言えない。しかしながら信頼性、論理的、数論的な深さに関する上記の論評は以下の事を証明している。つまりシステムがどのようなものにせよ、それはきっと私たちが意識的にかつ明示的に考える数学というものとは相当異なる。』

フォンノイマンが死の直前まで今までの知識を総動員して書きたかった事は何であったのか?それは計算機の知識や脳科学の知識を用いて計算機と脳がどのように違うのかを解明し、またそのような脳の働きをどのように将来的な計算機に適応できるのであろうかを考えたに違いないと思うのです。そのためには脳に適した数学の成り立ちまで考えていた節があります。ノイマンは上記の記述のように脳の仕組みを述べる数学は我々が使っている数学ではないぞと感じている事がよくわかります。歴史にもしはないのでしょうが、ノイマンがもう少し長生きできたとしたら脳の動きを記述できる数学なるものの端緒につけたかもしれませんね。

下記の書評(英文)も大変参考になりました。
The Code of Mathematics


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